◆最終回◆


日本国憲法の現代的意義(3) 21世紀を拓くその輝き

 さて、いよいよ最終回。今年は、戦後六十年、日本国憲法が制定されて五十九年目です。天皇の名で制定されて「不磨の大典」と呼ばれた明治憲法よりも「長寿」となりました。日本国憲法に今かけられている攻撃の本質は何か、これを守ることの意義はどこにあるかを考えてみましょう。

1.不平等の拡大と暴力連鎖の悪循環

 一九九〇年代に展開したグローバル市場経済は、国際的には、先進国と発展途上国・旧社会主義諸国との間の経済格差を広げ、また一国内でも、産業や労働・福祉・教育などでの所得再分配政策を縮減・修正することによって、不平等を拡大しました。
 この国際的・国内的不平等の増大は、治安の悪化、内戦やテロ行為の温床となり、それへの軍事的・治安的な対処が暴力の連鎖の引き金になるという悪循環の構造を生み出しています。アメリカのアフガニスタンやイラクへの攻撃、ロシアにおけるチェチェン紛争、イスラエルとパレスチナの紛争、世界の各地で起こるテロなどが、それを象徴しています。
 フランスのジャーナリストのイグナシオ・ラモネ氏は、次のように指摘します。
 「地球上の六十億人のうち、かろうじて五億人がゆとりのある生活をしているのに対して、五十五億人が不如意のなかに暮らしている。……今考えなければならないことは、世界を変えるため、新自由主義的な見方と異なった未来を構想することだ。十億人の住民が繁栄のなかで暮らす一方、他の十億人が残酷な悲惨のなかに生き延びているような地球に満足することなどは、もはや問題外である」(イグナシオ・ラモネ(井上輝夫訳)『21世紀の戦争』以文社・二〇〇四年二百三‐四頁)。

2.平和と人権・福祉 民主主義の実現

 このラモネ氏の問題提起に、私たちは何を考えどう答えたらよいでしょうか。
 第一は、歴史に学ぶことです。人類は、二十世紀後半にようやく世界全体を包括する普遍的な国際社会を成立させ、戦争のない平和な国際社会と社会保障・社会福祉の充実による人権と民主主義の発展を、その不可分の共通課題とする段階に、苦難の末ようやくたどりつきました。この到達点に至るまでの人類の苦難と努力の歴史を、私たちは決して軽んじてはなりません。
 第二に、にもかかわらず、今日の国際社会は、多国籍企業の経済支配を大国がその強大な軍事力・政治力を用いて支援する不平等なグローバル市場経済がはびころうとしており、それは、いま平和と福祉の国際的な実現を妨げる最大の元凶になろうとしています。
 現在、日本国憲法に加えられている攻撃の焦点は、まぎれもなく九条です。同時に改憲派は、多国籍企業の支配に都合のよいように、基本的人権や議会制民主主義・地方自治のしくみをかえようとしています。
 第三に、こうした動きに対抗する上で大事な視点は、平和と人権・福祉、民主主義を統一的に実現していくことです。日本国憲法は、この統一的視点をみごとに盛り込んだ憲法です。この憲法を私たちが二十一世紀の羅針盤として守り続けていくことは、全世界の人々の希望を実現することに貢献するはずです。そのことを表現する憲法前文の一節を引用して、この連載のむすびとさせていただきます。
 「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」。
(小沢隆一、2005年11月5日「平和新聞」1783号掲載)


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