◆第14回◆


日本国憲法の現代的意義(2) 世紀の転換点でおきたこと

 二十世紀から二十一世紀への転換の時期、一九九九年、二〇〇一年、二〇〇三年と一年おきに世界の平和と安全を脅かすことが起きました。NATOによるユーゴ空爆、「9・11」事件と米のアフガニスタン攻撃、そして米英のイラク攻撃です。そうしたなか、憲法九条の原則を掘り崩す法律・政治が次々に打ち出されてきました。それらは、今の改憲の動きの直接的な引き金になっています。

1.ユーゴ空爆と周辺事態法制定

 一九九九年、NATO軍は、加盟国が攻撃された場合に兵力の使用を制限する条約の枠を踏み越えて、加盟国でないユーゴを空爆しました。ユーゴ政府による「民族浄化作戦」の阻止は人道的な介入であるというのが、その理由でした。かくして、NATOは、その目的を「加盟国の防衛」に加え、「欧州・大西洋地域の安全と安定への貢献」へも拡大していきます。
 アジアの日本では、「地球規模の同盟」をうたう日米新ガイドライン(一九九七年)にもとづいて、周辺事態法が制定されます。これによって、安保条約五条が定める日米「共同防衛」以外でも日米が軍事協力できる、具体的には米の軍事行動に日本が「後方地域支援」を行う仕組みが作られました。この年の国会は、国旗国歌法、盗聴法、地方分権一括法、憲法調査会の設置など、今の改憲の動きに関わる法律を次々と成立させました。

2.アフガン攻撃とテロ特措法制定

 9・11事件をおこしたテロ集団をかくまっているとして、アメリカはアフガニスタンを攻撃します。ブッシュ大統領の「テロとの戦争」という呼びかけに応じて、日本ではテロ対策特措法が制定されました。ただし、これによって行われていることは、アフガニスタンから遠く離れたインド洋に展開しているアメリカ海軍に対する補給などの支援活動です。周辺事態法の「後方地域支援」を、テロ対策を口実に「日本周辺」以外にも拡大したものといえるでしょう。この法律は、二〇〇三年に二年延長され、今年さらに一年延長されようとしています。

3.イラク攻撃とイラク特措法

 二〇〇三年三月二十日、米英は、世界の多くの国や人々の反対を押し切って、イラクに対する武力攻撃を開始し、フセイン政権を崩壊させました。国連憲章に明白に違反するこの攻撃の背景には、「先制攻撃の権利」、「敵性国家の政権転覆」を公言するようになった米ブッシュ政権の軍事戦略があります。
 日本政府は、すぐさまこの攻撃に支持を表明し、イラク特措法を制定しました。この法律では、「人道復興支援活動」の他にも、治安維持のための外国軍に対する「安全確保支援活動」も行うとしており、これは、占領行為への支援に他なりません。
 こうした日本国憲法の平和主義の精神と憲法九条をふみにじる政策が、ここ数年積み重ねられてきました。しかし、なお超えられていない一線があります。それは、「海外での武力行使」です。憲法九条、とりわけその二項をかえようという動きは、その「限界」を突破しようというものなのです。
(小沢隆一、20051025日「平和新聞」1782号掲載)


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