◆第13回◆


日本国憲法の現代的意義(1) 1990年代以降の改憲論

 九月十一日の総選挙で改憲発議が可能な三分の二を衆院で確保した自民・公明の巨大与党。年来の改憲論者、前原誠司氏を代表に選出した民主党。憲法をめぐる動きは風雲急をつげる気配です。
 この間の改憲の動きは、一九九〇年代頃から強まってきたものです。なぜこの時期にどのような改憲論が浮上してきたのか、改憲の動きに二十一世紀をまかせてよいのか、未来への展望はどのようにして切り開かれるのかなどについて、残りの三回で論じてみましょう。

1、湾岸戦争の勃発 九条への攻撃

 一九九〇年を境に戦争と平和をめぐる国際情勢は激変します。いわゆる米ソ「冷戦」が終結する一方で、湾岸戦争が勃発したのです。また、「冷戦」時代の政治的・経済的後ろ盾を失って体制が揺らぐなか、それまでに流入した大量の武器が使用されて悲惨な民族紛争や内戦が激化し泥沼化していく国や地域も現れました。北朝鮮による許しがたい拉致、九〇年代に入ってからの核開発をカードにした「瀬戸際外交」なども、そうした状況のなかで生まれたことです。
 湾岸戦争の引き金となったイラクのクウェート侵略は、今日の国際社会ではとうてい許されない蛮行です。ところがこの戦争は、自国の軍隊の指揮権を手放したくないというアメリカの手前勝手な思惑もあって、国連憲章にもとづく武力制裁ではなく、多国籍軍による作戦という形をとりました。武力行使をきびしく禁止している憲法九条をもつ日本にとって、そうやすやすと参加・協力できるようなものではなかったのです。
 結局、自衛隊は派遣されませんでした。ところがこの時から、「国際社会に後れをとった」、「一国平和主義は捨てよ」という攻撃が、憲法九条に対して向けられるようになったのです。

2、読売の「改憲案」 狙いは軍隊保持

 一九九四年十一月三日の読売新聞には、同社の改憲案が大々的に掲載されました。第一章の表題を「天皇」から「国民主権」に変える、人格権・環境権などの「新しい権利」も盛り込むなどの体裁をほどこしていますが、ねらいは憲法九条を変えて、自衛のための軍隊の保持、国際協力のための軍隊の提供をできるようにしようというものです。
 「新しい時代の憲法」、「国際協力を可能に」というふれこみで登場しましたが、日米の軍事同盟体制のもとでの軍事協力の強化が、こっそりと忍び込んでいます。
 財界による改憲の動きが経済同友会あたりを中心に始まったのも、九〇年代の特徴です。

三、日本とアメリカ 財界の共通利益

 一九九〇年代は、アジア経済の隆盛、ソ連・東欧圏の「市場経済」化などもともなって経済のグローバル化が急速に進展した時期です。世界を股にかけて活動する多国籍企業がこの動きの推進役です。アメリカは、世界最強の軍事大国であるとともに世界最大の多国籍企業の本国です。
 湾岸戦争は、世界中に経済利害をもつアメリカが同盟国に軍事的・財政的分担(日本はお金を払いました)を要求しながら戦われたという一面をもっています。日本の企業も、一九八〇年代後半から急速に海外への工場移転や資本輸出するようになります。こうして安保体制の強化と自衛隊の海外派兵は、アメリカと日本の財界の共通の利益となりだしました。「憲法九条をかえろ」の声が双方から強まってきた背景には、こうした事情も潜んでいるのです。
(小沢隆一、2005105日「平和新聞」1780号掲載)


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