第11回◆

日本国憲法のあゆみ(2) 二つの安保条約

 憲法9条の「改正」を主張する人の多くは、「軍隊で国を守るのは当たり前」といいます。もっとも、「侵略」を軍隊の目的に掲げる国などはおよそありえません。武力行使の禁止を定めた国連憲章のもとではなおさらです。しかし、日本の戦後の再軍備を、単純に「国防」という理屈だけで理解することはできません。そこにはアメリカの軍事戦略が色濃く反映しています。憲法9条の歪曲の根源には、日米安保条約があるのです。

1.日本が一方的に義務を負った旧安保条約

 1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約と同じ日にアメリカとの間でこっそりと結ばれた旧安保条約(1952年4月28日発効)は、日本がアメリカに対して一方的に義務を負うものでした。
 @米軍の日本駐留を受け入れながら、米軍には日本防衛の義務はない、A米軍は日本国内の治安維持のためにも出動することがある、B米軍の「極東」における軍事行動によって日本が戦乱に巻き込まれる危険性がある、C同条約にもとづいて駐留する米軍の地位に関する協定は、国会の承認にかけられず、その内容は国家主権や国民の人権を大きく制約するものであった、というのがその主な内容です。
 こうした安保条約やそれに基づく米軍基地による被害への不満は国民のなかで渦巻き、とりわけ米軍占領下におかれた沖縄では、「島ぐるみ闘争」として基地反対運動が取り組まれました。こうした国民の声をなだめるためにも日米両政府は、安保改訂交渉に乗りだしていくことになります。

2.運動と憲法九条が新安保条約に制限

 安保条約の改定問題は、国民の中に、日米の「同盟による平和」を続けるか、安保条約を解消して憲法9条にもとづく平和を実現するかの議論を呼び起こしました。そうしたなかで、全国で2000ともいわれる安保改定反対の組織が結成され、集会、デモ、ストライキ、署名運動、請願運動などが取り組まれました。結果としては安保条約は改定されましたが、こうした国民の取り組みは、随所にその「刻印」を条約の中に残しています。
 たとえば、アメリカの日本防衛義務を明確化した5条は、「日本の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」があった場合に、日米の「共同防衛」を限定しました。これは、「集団的自衛は違憲」という自衛隊創設以来の政府の9条解釈を引きずったものです。
 また、6条は、「極東における国際の平和と安全の維持に寄与」することを米軍の駐留目的に含めていますが、この「極東」がどこまでを意味するのかが、安保改定の時の国会で問題とされました。結局、これは、「大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺であって、韓国及び中華民国(今の台湾)の支配下にある地域」とされ、ふつう地理的にいう「極東」の範囲よりもはるかに狭い領域になっています。
 このように憲法9条によりながら安保条約の体制を批判し統制する勢力が国民と国会の中にあったからこそ、安保条約は今のようなものになっているのです。9条がなければ、自衛隊は、今イラクでイギリス軍がしているような協力をとっくにアメリカに対してしていたことでしょう。憲法9条は、このように、中途半端なかたちではあれ、政府の行動をちゃんと統制し制限しています。9条は、「どっこい生きている」のです。

(小沢隆一、2005年9月5日「平和新聞」1777号掲載)


戻る